アクチュエ−タやセンサ−に応用する場合、作動範囲が大きく取れるコイルばねの形状で使用することが多い。このため、コイルばねを用いた機器の設計、開発を行う上で、コイルばねの静的、動的特性データの補充、整備を行っておく必要がある。
そこで、下記仕様のコイルばねを対象に、その特性値を調べるために定温荷重試験と定ひずみ試験を行った。定温荷重試験では種々の温度条件に対するせん断応力−せん断ひずみ線図より、変態誘起応力や横弾性係数などの基礎デ−タを取得した。また、定ひずみ試験では、数種のひずみ条件で昇温・降温試験を行い、変態温度の応力依存性を調べた。これらの基礎デ−タは相互発條(株)で調査・収集した。
1.試験方法供試材の組成は、Ti-50.63at%Ni、Ti-50.39at%Ni、Ti-50.12at%Niの3種類で、これらの供試材をコイルばね状に形成後、形状記憶処理温度THT=673K,723K,753Kの3種類で1h記憶処理し、計9種類を得た。表1に組成および記憶処理温度に対応する試料記号を示す。
形状および寸法は、線径d=1.0±0.015mm、コイル平均径D=10±1.0mm、巻き方向右、有効巻数N=10.5巻の密着巻きばねである。試験では、プレ−ト形フック(図1)を供試材両端にはめ込み、治具への取り付けを行った。
| 表1 | |||
| 記憶処理温度 | Ti-50.63at%Ni (TN-40W) | Ti-50.39at%Ni (TN-60W) | Ti-50.12at%Ni (TN-80W) |
| 673K | 40L | 60L | 80L |
| 723K | 40M | 60M | 80M |
| 753K | 40H | 60H | 80H |
変態温度は次の2つの方法で測定した。試験前の試料に対しては、JIS H 7101に準拠し、示差走査熱量計(Differential Scanning Calorimeter, DSC)により測定した。試料は、質量が10〜20mgになるように切り出し、基準試料にはアルミナを用いた。測定は、窒素ガスを50ml/min程度流した状態で加熱および冷却速度を10K/minで加熱、冷却した。測定温度範囲は、173K〜423Kとした。なお、測定は2回行って、その平均値を求めた。
予ひずみを与えた試料に対しては、定ひずみ試験により測定した。付与したたわみ範囲は20mm〜100mmであり、たわみ拘束の状態で昇温、降温試験を行い、荷重−温度線図より求めた。なお、昇・降温の温度範囲は278K〜433K、昇温、降温速度はそれぞれ3K/minであり、熱媒体には合成系有機熱媒体油を用いた。
(2.2) 定温荷重試験定温条件下における引張−除荷試験に用いた試験装置の模式図を図2に、試験装置概観写真およびデータ計測部を図3に示す。試験装置は、熱媒体の温度を一定にコントロ−ルする恒温槽、供試片を加熱する試験槽、パソコン、A/D変換器、ロードセル、変位計、熱電対などから成る計測部および恒温槽、モータの回転速度等を制御する制御部から構成されている。供試片の温度が一定となるように、所定温度に保たれた熱媒体を試験槽と恒温槽との間で循環させた状態で試験を行った。
試験は最大たわみ量をδmax=40mm、140mmの2通りで行った。δmax=40mmでの試験温度はTH=293,313,333,353,373Kの5種類で、293〜353Kまでの媒体は純水、373Kの場合のみ473Kまで温度上昇が可能なシリコ−ンオイルを用いた。δmax=140mmでの試験温度は各供試材のDSCで求めたAf温度以上でTi-50.63at%NiではTH=313K〜373K、Ti-50.39at%NiではTH=333K〜393K、Ti-50.12at%NiではTH=353K〜413Kの範囲で行った。なお試験は各条件につき2回ずつ行った。
用いた媒体は333Kまでは純水で、それ以上の温度では203K〜643Kまで使用可能な合成系有機熱媒体油を用いた。またどちらの場合も引張速度は0.5mm/secでδmaxまで変位を与えた後、同速度で除荷し、各温度に対する荷重−たわみ曲線を得た。得られた荷重−たわみ曲線はJISH7104に準拠し、次の式から各温度に対するせん断応力−せん断ひずみへと変換した。
ここでP[N]はばねにかかる荷重である。得られたせん断応力−せん断ひずみ曲線から横弾性係数、誘起応力、誘起ひずみ、応力ヒステリシスを接線法により求めた。
2.試験結果と解説DSCによる変態温度測定結果をNi含有量別にまとめたものを図4に、記憶処理温度別にまとめたものを図5に示す。 本供試材ではR相変態の存在が確認されたため図に合わせて示した。 図4に示すように、Mf点は記憶処理温度による影響が認められ、処理温度が高くなるに伴いMf点も上昇する。 しかし、Mf点以外の変態点については記憶処理温度の影響は認められない。 また、Ni濃度の影響については、図5に示すようにNi濃度の減少に伴い変態温度が低下する傾向が認められる。
(1.2) 昇・降温試験による測定結果変態温度はDSCで測定することが多い。DSCで測定する場合には、材料に負荷がかかっていない。 しかし、アクチュエ−タなど実際に使用する場合には、負荷が作用している状況で使用される。 負荷が作用すると、無応力状態に比べて変態温度は上昇する。 このため、DSCの測定結果を基に機器の設計を行うと、実際の使用環境温度において作動誤差が生じる場合がある。したがって、予負荷と変態温度との関係を把握しておくことが重要となる。
図6は、せん断応力と変態温度As点およびAf点との関係を示したものである。 ここで、応力0における変態温度はDSCによる測定結果である。 As点は、約100Mpa以下の予負荷に対しては僅かに上昇するが、その変化は小さい。 一方、 Af点はAs点と同様に約50Mpa以下の予負荷に対してはほとんど上昇しないが、50Mpaを超える予負荷を与えると大きく上し、予負荷が約100Mpaの場合で約80K上昇する。
(2) 定温荷重試験結果図7、図8、図9に各供試材のAf点以上の試験温度における40mm引張および140mm引張試験のせん断応力−せん断ひずみ曲線を示す。 今回の調査では、誘起応力・ひずみや応力ヒステリシスなどの特性値を調べることが目的の一つとなっている。 したがって、図より明らかなように40mm引張試験から得られた曲線では変態誘起部やせん断応力ヒステリシスを求めることはできない。 そこで、さらに大きなたわみを与えた試験を行うこととし、装置上の理由から140mmのたわみを付与した試験を行った。
40mm引張試験は、前年度において記憶処理温度723Kの供試片の試験を行っていなかったために追加試験を行ったものであり、合わせて他の記憶処理温度についても再度試験を行った。 なお、これらの結果は前年度に行った結果とほぼ一致する。 また、前年度の結果で、試料80Hにおいて試験温度に対する荷重(せん断応力)が低温度域において逆転する現象が認められたが、今回の試験結果も同様であり、また、この逆転現象は試料80Mにおいても認められた。 しかし、たわみ量140mm(せん断ひずみ4.2%)の試験では、このような逆転現象は認められず、試験温度が高くなるに伴い荷重(せん断応力)は増大した。
140mm引張試験から得られた曲線を見ると40mm引張試験結果に比べ、明確に変態誘起部やせん断応力ヒステリシスが表れていることがわかる。 二つの図を比較すると40mm 引張試験における40mm引張り時のせん断ひずみ1.21%の段階ではまだマルテンサイト変態が開始されていなかったことがわかる。 しかし、140mm引張試験においてもマルテンサイト変態終了誘起せん断応力tMfまでは達しておらず、ここで行うことが可能なる定量的な評価は変態誘起せん断応力・ひずみ、せん断応力ヒステリシス、横弾性係数にとどまることとなる。 したがって、マルテンサイト変態開始・終了、逆変態開始・終了せん断応力(τMs,τMf,τAs,τAf)、マルテンサイト変態開始・終了、逆変態開始・終了せん断ひずみ(γMs,γMf,γAs,γAf)の評価を行うためには、さらに大きな変位量を与える必要があることがわかる。 特に、試験温度が高くなるほど大きなたわみを与える必要がある。
図10は、同一条件で2回の試験を行った結果を重ねて示したものであり、試験温度はAf点より約10K高い場合の一例である。 応力−ひずみ曲線で見る限りにおいては何れの場合も試料による差異はほとんど認められない。
(2.2) 変態誘起応力およびひずみたわみ140mmの定温荷重試験で評価できる変態誘起応力およびひずみは、マルテンサイト誘起応力(τMs)、ひずみ(γMs)および逆変態終了応力(τAf)、ひずみ(γAf)である。
図11にTN-40W,60Wおよび80Wに対する誘起応力と温度との関係を示す。 また、同図にはDSCによる変態温度の測定結果も合わせて示してある。 マルテンサイト誘起応力は温度に対してほぼ直線的に増大する。 また、記憶処理温度に対するばらつきは、TN-40W、60Wの場合ではDSCによる結果とほぼ同様に小さい。 しかし、低Ni濃度であるTN-80Wの場合では、前者に比べて記憶処理温度に対するばらつきが大きくなる結果となっている。
各プロット点を直線近似して応力0に対応する温度を調べると、応力誘起によるMs点はDSCよりも高温側に、また、Af点はDSCの結果よりも低温側になる。 Ms点のDSCとの差は高Ni濃度であるTN-40Wの場合が最も大きく、Ni濃度が小さくなるTN-60W、TN-80Wにつれてその差は小さくなる。 一方、Af点とDSCとの差はNi濃度の影響をほとんど受けない。DSCより得られる変態温度は熱弾性形変態であり、無応力であるため変態は全方位に進行する。 これに対して、負荷が作用している場合には、変態の進行はある特定方向に制限される。 これらの結果から、応力誘起変態では、材料中に蓄積されたひずみエネルギ−が起因して、マルテンサイト変態を助長する効果があると推定される。
図12は、応力誘起によりマルテンサイト変態が開始するひずみ(γMs)および逆変態が終了するひずみ(γAf)を示したものである。 γAfについては、記憶処理温度に対するばらつきが小さく、せん断ひずみと温度との関係においてほぼ線形関係が認められる。 これに対し、γMsについては、TN-60Wを除く他の2試料(TN-40W,TN-80W)の結果はばらつきが極めて大きな結果となった。
(2.3) 変態応力ヒステリシス変態温度を基準にした挙動に注目し、図13にNi含有量別にまとめた試験温度THとAf点(DSC)との差に対する変態せん断応力ヒステリシスを、図14に記憶処理温度別にまとめた試験温度THとAf点(DSC)との差に対する変態せん断応力ヒステリシスを示す。 なお、温度がAf点(DSC)以下においてもヒステリシスが存在する結果がプロットされているが、これは図11に示したように、応力誘起による逆変態が終了する温度(応力0に相当する温度)がDSCの結果より低くなるためであり、図に示した破線(TH-Af=0)の位置は左側に移行する。
変態せん断応力ヒステリシスは温度が高くなるに伴い減少していく。 Ni含有量が低いものほど試験温度とAf温度の差が低いところまでしか値が示されていないが、これは図7、図8、図9のせん断応力−せん断ひずみ曲線で示したように、たわみ量が少ないために、いずれの供試材においても373K近傍からヒステリシスを示さない。
記憶処理温度に着目すると、記憶処理温度が高くなるほどヒステリシスは増大する傾向にある。 また、Ni濃度について、いずれにおいてもNi含有量が低いほどヒステリシスは大きくなる。
(2.4) 横弾性係数変態温度を基準にした挙動に注目し、横軸を試験温度THと逆変態終了温度Af(DSC)の差に設定した。 図15にNi含有量別にまとめたTH-Af対する横弾性係数を、図16に同様に記憶処理温度別にまとめた横弾性係数を示す。 ここでAf温度以下の値は40mm引張試験、Af温度以上の値は140mm引張試験結果から得られたものである。 いずれの結果もAf点を境に横弾性係数が大きく変化する。 すなわち、Af点以上の母相の横弾性係数は、Af点以下のマルテンサイト相の横弾性係数の約2.5倍となる。 なお、試験温度、記憶処理温度およびNi濃度については、明瞭な影響は認められない。