形状記憶合金は、近年の省資源・省エネルギ・低公害に対する社会的必要性にともない、新材料の開発の一環とし材料の機能そのものを機械要素として使用可能な新機能材料として期待されている新材料である。 形状記憶合金は、マルテンサイト相の状態での変形が加熱によって回復する形状記憶効果と母相状態での大変形が除荷のみで回復する超弾性現象を示すことが知られており、機能性材料として自動車部品、熱エンジンやアクチュエ−タ等の各種の工業製品のみならず整形外科や歯科分野等の医科分野にまで適用範囲が広まっている。 現在までに知られている形状記憶合金は基本的合金だけでも10種類以上あるが、なかでもTiNi系形状記憶合金は機械的特性、耐食性、疲労特性および生態適合性から考えて優れた特性を持っているため、実用化が最も進んでいる合金である。 このTiNi系形状記憶合金を用いれば、優れた温度センサ−とアクチュエ−タ−を兼ね備えた機能性材料としてさらに広範囲な産業応用が期待されるものと考えられる。

通常、形状記憶合金はコイルばねの形状で利用される場合が多い。 これは、形状回復時の発生力を容易に取り出せることのできる構造上の利点と、形状回復量を大きく導出できる利点があるためで、一般にはバイアスばねと組み合わせることによって、温度の昇温・降温に伴う可逆的な動作を行わせている。 一般のばね材料では、弾性限度内の応力−ひずみ線図は直線である、横弾性係数も一定の値を示すが、形状記憶合金では、母相とマルテンサイト相状態では横弾性係数の値が大きく異なるため、ばねの発生力は非線形となる。また、形状記憶合金は負荷・除荷、昇温・降温、変態・逆変態を繰返すことにより、変態温度、回復応力などの機能特性が変化するとともに、繰返し劣化が生じやがて破断に至たる。 したがって、さらなる応用拡大のためには、その合金の機能特性を十分に理解したうえで、超弾性条件下や熱サイクル条件下などでの繰り返し特性を把握することが重要となる。

本節では、TiNi形状記憶合金のNi含有量と形状記憶処理温度を変化させた9種類の合金を用いて、設計および実用上重要な一定ひずみ下の昇温・降温熱サイクル疲労試験装置の試作および試験の実施、ならびに一定温度下の負荷・除荷試験装置の試作および試験を実施した。

1.定ひずみ熱サイクル疲労試験

各種アクチュエ−タ等への応用を考える場合、一定せん断ひずみ条件下における昇温−降温の熱サイクル疲労過程における変態温度や回復応力等の機能特性の変化を把握することは実用上重要な事柄である。従来、形状記憶合金の定ひずみ熱サイクル試験方法として日本工業規格JIS H7106-1993において、一定ひずみに固定したコイルばねを低温と高温の媒体に交互に繰返し浸せきする移動浸せき型装置や回転板に一定のひずみに固定したコイルばねを回転して液相中の低温媒体と空気中のファンによる強制加熱を繰返す回転型装置が規定されている。


2.供試材(TiNi形状記憶合金コイルばね)

供試材は、TiNi形状記憶合金で、その組成は、Ti-50.63at%Ni、Ti-50.39at%Ni、Ti-50.12at%Niの3種類である。なお、いずれの冷間加工率も20%である。 これらの供試材をコイルばね状に形成後、形状記憶処理温度THT=673K、723K、753Kの3種類で1時間記憶処理し、計9種類の試験片を作製した。9種類の試験片の呼称を表1に示す。 試験片の形状および寸法は線径d=1mm、コイル平均径D=10mm、巻き方向右、有効巻数N=10.5巻の密着巻きばねである。 実際に実験を行う際には、プレート製フックを試験片両端にはめ込み、試験装置への取付けを行った。フックを取付けた状態の試験片外観図を図1に示す。

表1
Shape memory treatment temperatureComposition
Ti-50.63at%Ni (TN-40W)Ti-50.39at%Ni (TN-60W)Ti-50.12at%Ni (TN-80W)
673KTN-40LTN-60LTN80L
723KTN-40MTN-60MTN80M
753KTN-40HTN-60HTN80H


3.試験装置

昇温−降温試験および熱サイクル試験に用いた実験装置の構成図を図2に示す。また、試験装置全体と試験片取付部の写真を図34に示す。 試験装置は、実験槽、高温水槽、低温水槽、ヒータ−、冷凍機などからなる熱交換部、パーソナルコンピュータ、A/Dコンバーター、ロードセル、熱電対、ストレインアンプなどから成る計測部、高温水槽と低温水槽の水温、配管の電磁バルブの開閉等を制御する制御部より構成されている。なお、媒体としては純水を使用した。

昇温−降温試験は、冷凍機が設置された低温水槽のみを用い、試験片が取付けられた実験槽に純水を常に供給し、試験槽から純水をオーバーフローさせた状態で、徐々に水温を昇温・降温させて行った。

熱サイクル試験は、高温水槽および低温水槽の両槽を用い、シーケンス制御によって電磁バルブの配管を開閉し、高温水槽または低温水槽の純水を交互に試験槽に供給・排出することによって行った。

なお、昇温−降温試験は、熱サイクル試験の一部として行った.つまり、熱サイクルN=1,5,10,100,200,600,1000は昇温−降温試験、その他のサイクルは熱サイクル試験を実施することによって、両試験データを1本の試験片から測定した。

4.昇温−降温試験

定せん断ひずみ条件下での機能特性(せん断応力、変態温度など)、または所定の熱サイクル数における機能特性の繰返し挙動を把握するために定せん断ひずみ昇温−降温試験を行った。 試験片に掛ける初期せん断ひずみは γ=1.0,1.2,1.4%の3通りとし、せん断ひずみを試験片に掛けた状態で昇温−降温を行った。 昇温−降温試験の温度範囲は283K〜363Kとし、昇温速度1.5K/min、降温速度約0.5K/minとした。 試験後、各試験片のたわみに対する荷重−温度曲線を、式(1)を用いてせん断応力−温度曲線へと変換した。

τ=8DP      (1)
πd3
ここで、Pはばねにかかる荷重である。 得られたせん断応力−温度曲線から図5に示すようにせん断応力、変態温度を接線法により求めた。


5.熱サイクル試験

定せん断ひずみ条件下での機能劣化(発生せん断応力の減少)を把握するために定せん断ひずみ熱サイクル試験を行った。 昇温−降温試験同様初期せん断ひずみはg=1.0,1.2,1.4%の3通りとし、せん断ひずみを試験片に掛けた状態で、熱サイクル試験(加熱−冷却の繰返し)を行った。 低温水槽側を283K、高温水槽側を363K一定とし、低温水・高温水共に所定の温度で発生応力が一定になるまで水の供給を行った。 1サイクルは高温水の供給(130sec)・排出(60sec)、低温水の供給(120sec)・排出(60sec)の4セクション(6min10sec)から成る(図6). 試験の終了条件は、試験打切り繰返し数N=103回を越えた時、または、高温水の供給時に発生する応力が、N=1時の値と比較して30%以上減少した時とした。



6.試験結果
(1)せん断応力−温度曲線

定せん断ひずみ条件下における変態温度等の変化を評価するためTN-40とTN-60について、熱サイクル数N=1,5,10,100,200,600,1000の時に昇温−降温試験を行った。図4〜9にせん断応力−温度曲線を示す。 図7,-8,-9からTN-40については、N=1〜1000までせん断応力−温度線図に大きな変化が表れておらずNの増加に伴う劣化が非常に小さいことがわかる。 これに対して図10,-11,-12からTN-60は、熱サイクル数が増加にするに従ってせん断応力が低下し、低温時にはせん断応力がほぼ0または負の値になっていることがわかる。 特にTN-60Hは320K以下の低温になるとせん断応力がほぼ0かつ一定値なる特徴がある。 なお、TN-80は、Mfが求まらないため昇温−降温試験を実施しなかった。


(2)せん断応力と繰返し数の関係

熱サイクル試験と昇温−降温試験の結果から求めたせん断応力と繰返し数の関係を図13〜15に示す。 なお、これらの図のせん断応力は水温が363K時の値である。図13からTN-40の場合、N=1〜1000までの範囲では急激なせん断応力の低下は見られず、極めて安定した挙動を示しており、せん断応力の低下は数%であった。 図14からTN-60の場合、初期せん断ひずみが大きい方が、熱サイクルに伴うせん断応力の低下が大きく、γ=1.0%の場合、N=1〜1000までの範囲で約20%せん断応力が低下したのに対して、γ=1.4%の場合はN=1〜1000までの範囲で約25%せん断応力が低下した。 図15からTN-80の場合、熱サイクルの増加に伴い急速にせん断応力が低下し、せん断応力が30%低下したためN=100で試験を打切った。 特にTN-80MとTN-80Hは、N=1の時に大きくせん断応力が低下した。 従って、せん断ひずみが同じ場合、Ni含有量が多い程せん断応力が大きく、かつ繰返し数の増加に伴う劣化が少なく安定していることがわかる。 特に、Ni含有量が少なく、かつ形状記憶処理温度が高い試験片ほど熱サイクルに伴うせん断応力の低下が激しいことがわかる。


(3)変態温度と繰返し数の関係

TN-40とTN-60L γ=1.0については、明瞭なAs,Af, Rs, Rf点が見られたため各変態温度を求めた。 変態温度と繰返し数の関係を図16,-17,-18,-19に示す。 TN-40とTN-60L共に N=1〜1000までの範囲では各変態温度は大きな変動をせず、極めて安定した挙動を示した。 特に、TN-60L γ=1.0については、せん断応力は、熱サイクルに増加にともない減少するが、変態温度は、大きな変動を示さないことがわかった。


(4)熱サイクル終了後の試験片状態

熱サイクル試験終了後の試験片の状態を図20〜22に示す。図21,22からわかるようにTN-60、TN-80共にフック取付付近が伸びており、これがTN-40と比較してせん断応力が大きく減少した理由と考えられる。



7.まとめ

本年度は、形状記憶合金コイルバネ用の定ひずみ熱サイクル疲労試験を製作し、3種類の供試材、3種類の形状記憶処理温度を組み合わせた9種類の試験条件中、7種類について昇温−降温試験、及び熱サイクル試験を実施した。 本年度の結果によって、TN-40,TN-60,TN-80各供試材毎のN=1〜1000までの熱サイクル特性がわかった。 その結果、Ni含有量が一番多いTN-40が、熱サイクル増加に伴うせん断ひずみの低下がほとんどなく、かつ形状記憶処理温度の影響も小さいことから、3種類の供試材の中では一番優れていることがわかった。

材質昇温−降温試験結果熱サイクル試験時のせん断応力熱サイクル試験時の変態温度熱サイクル試験後の状態
TN40Lγ=1.01.21.4allγ=1.0, 1.2, 1.4allγ=1.01.21.4allN=1000
TN40Mγ=1.01.21.4allγ=1.0, 1.2, 1.4γ=1.01.21.4all
TN40Hγ=1.01.21.4allγ=1.0, 1.2, 1.4γ=1.01.21.4all
TN60Lγ=1.01.4allγ=1.0, 1.4allγ=1.0N=1000
TN60Mγ=1.01.4allγ=1.0, 1.4
TN60Hγ=1.01.4allγ=1.0, 1.4
TN80Lγ=1.0, 1.4allN=100
TN80Mγ=1.0, 1.4
TN80Hγ=1.0, 1.4